昭和のお葬式

昭和のお葬式は大正から引き続きその家の財力を表す盛大なものが多く見受けられます。今ではあまり見なくなった輿の絢爛豪華な霊柩車が一般的でした。また地方では、撒き銭といって近所や参列者にお金を撒く風習も残されていました。祭壇も豪華な飾り付けが多く、欄間のような細かな木彫が施されているものもありました。

葬儀の手順は今も昔も慌ただしく進んでいきます。死亡が確定したと思われるご遺体は納棺までの間、北枕に寝かせて祭壇を作り、枕元に水や団子を置き、足元には魔除けの刀を置いていました。今では見られなくなりましたが、逆さ事という風習もありました。逆さに屏風を立てたり左右逆に足袋をはかせるなどがこれにあたり、悪霊から個人を守るとされていました。

昭和の初期ころまではこれらのお葬式の儀礼が一般的で、全てにおいて費用が嵩むことからお葬式が重なるとその家は滅びると言われていました。終戦後から現在の葬儀業が定着し始め、近隣住民とのコミュニティーが希薄になるにつれ、より一層葬儀には費用が掛かるようになっていきました。ご近所付き合いで賄っていた儀礼全てを葬儀業者にゆだねるようになったためです。昭和のお葬式は都市部を中心に葬儀業者に委託するようになりました。